3.Reunion #12
リュ家の別荘で、祖母である太上皇母陛下パクと久しぶりに会い、散歩と会話を楽しんだチェギョン。
シンはどこかまだ他人行儀なチェギョンの手をお構いなしに引っ張り、無言のままズンズンと歩いて行く。
その横顔は何かを思い詰めたかのようで硬く、チェギョンは困惑を隠せないまま、歩幅の広いシンに、必然的に引きずられ、置いて行かれないようについ駆け足になってしまうのだった。
「ねえ、シン君どこに行くの?」
「・・・・・・・・。」
答えないシン。
チェギョンはシンが何を考えているのか分からず、怖くなり、思わず声を荒げる。
「ねえ、ねえってば!
シン君!
手、痛いよ・・・・。」
「!!!」
チェギョンの必死の問いかけに、ハッと我に返えったシンがやっと足を止めた。
しかし、チェギョンと繋いだ手は力こそ緩めるがそのままであり、変わらずチェギョンの方を見ようとしなかった。
「・・・・・・シン君?」
チェギョンは先程からのいつもと違うシンの様子を訝しがり、表情を確認しようと下から覗き込む。
「きゃっ!」
次の瞬間━。
チェギョンの体はシンに引き寄せられ、あっという間にその腕の中に納まってしまった。
強く強くチェギョンを自身の胸に閉じ込めるシン。
おまえが僕の傍を離れることは認めない━。
“皇太子じゃなくなっても”傍に居てほしい━。
夢を捨て、僕の傍に━。
チェギョンが今、自分の腕の中に、相違なくそこにあること証明するかのように、五感全てで感じ取ろうとするシン。
喉まで出かかった言葉は吐露することなく、その香りを目一杯吸い込もうと、艶やかな黒髪に顔を埋める。
この突然の抱擁でチェギョンは硬直したまま、驚き目を見開く。
息ができないほどの力でギュッと抱きしめられ、身動きひとつできない。
チェギョンは突然のシンの行動に驚きこそしたものの、徐々に強張っていた体の力を抜いて行く。
やけにドキドキする鼓動を感じながら、チェギョンは努めて冷静にシンに問いかけるのだった。
「シン君?どうしたの?」
「・・・・・・・。」
このチェギョンの問いかけにも、返事をしないシン。
その代り、再びチェギョンの躰をギュッと抱きしめ直した。
━シン君。
シン君、ずっと一人で頑張ったよね。
そして、寂しかった、よね。
本当は寂しがり屋で、繊細な心の持ち主のシン君だもん。
かなり前から“皇太子を辞める”と決めていたこと、そして“辞める”と告げる時。
誰にも相談できなかっただろうし、一人で悩んで苦しんで、辛かったんだろうな━。
ごめんね。
傍にいて、支えてあげられなくて━。
慰めてあげれなくて。
ごめんね、シン君━。
チェギョンは自分がいなくなった後、シンが受けたであろう、たくさんの傷を想像し、少しでも癒してあげたくて、シンの背中に腕を回し、まるで母親が小さな子供をあやす様にトントンと優しくたたく。
━チェギョン。
“冬休みが来たと思って”━。
おまえは僕にそう言ったよな?
ずっと傍にいる、離れないと、約束しただろ━?
どうしたら、おまえは自由を諦め、僕との未来を考えてくれるのだろう━。
どこにも行くな━。
かつて東宮殿でも、そうやって何度となくチェギョンに背中をやさしくトントンしてもらい、癒されたことを思い出すのだった。
━ねえ、シン君。
今だけ、今だけはシン君を独り占めしてもいい?
まだ私を好きでいてくれて、離したくないって。
そう思ってくれているって、私の中だけで、そう自惚れても、いい━?
チェギョンの中で、マカオに来てからずっと心の中に居座り続ける不安は根深く、こうしてシンと一緒に過ごしても決してなくなることはなかった。
なぜならば、例え当事者である自分やシンが望まなくても、“廃妃”が決まれば、その決定に従わなければならない自分たちの立場なのだから。
私にはあとどれ位、こうしてシン君と過ごせる時間が許されるのだろう━。
シンと過ごせる時間は限られている。
シンを笑顔にしたい━。
笑顔で満たして、韓国に戻ってほしい。
“シン・チェギョンプロデュース・シン君スマイル帰国作戦“を決行の決意を新たにしたチェギョンはしんみりとなってしまった空気をガラリと変えるべく、わざと明るい声を張り上げた。
「シン君?
折角マカオに来たんだし、観光しない?」
「・・・・・・・・・・。」
嫌だ、今は離れたくない、と言わんばかりにさらにチェギョンを抱き締める腕に力を込めるシン。
さらにこれ以上腕に力が込められてしまうと、さすがに息も出来なくなり辛くなってくるチェギョンは目を白黒させるのだった。
「シ、シン君・・・・、ぐるじいぃ~~~。
助けてぇ~~。」
シンの腕の中で、肩の辺りを拳でドンドン叩き、苦しさで抜け出そうともがくチェギョン。
そんなチェギョンの耳のすぐ傍で「クックックッ・・・」と低い笑い声が聞こえて来た。
「へっ?」
「ぷっ・・・・・・。」
次の瞬間シンは楽しそうに笑い出し、チェギョンを締め付けていた腕の力を弱め解放した。
一瞬ぽか~んとしてしまうチェギョンだったが、ここでようやくシンにまたからかわれたと分かったチェギョン。
「ま、またからかったのねぇっ////!
パボシンっ!」
「ははは~!
だから面白いんだ!おまえは!」
「な、何ですって~ぇ!!」
拳を突き上げ、一発殴ってやろうとシンを追いかけるチェギョン。
「こら~っ!待ちなさいよ!」
「ヤダね!」
笑いながらジグザグに逃げ回るシン。
2人はしばらくここで仲良く(?)鬼ごっこを楽しんだのだった。
チェギョンはシンと2人、シンの運転する車に乗って西灣大橋を渡り、マカオ半島から再びコロアネ島方面へと向かう。
すでに辺りは夕闇が包み込む。
車から降りて、照明が美しく灯ったヨーロッパ風の道を歩く2人。
歴史ある街並みを散策し、最後に辿り着いた海岸。
マカオの海を見渡せるあの“恋人たちの防波堤”で、潮風に吹かれ、煌めく夜景を眺めるシンとチェギョン。
すぐ自分の傍に存在し、伸ばせば、この手に触れることができる愛しい存在。
電話からではなく、直接耳に響く心地よい愛する人の声。
夢にまで見たそれが今、目の前にある。
想いのまま、その存在を確かめ、愛を交わしたい━。
それなのに━。
時折見せる、何かを考え込むような表情。
自分を避けるような、どこかぎこちない態度。
これらをお互い目にするにつれ、それぞれの心の中のブレーキが強まる。
この僅か数か月という時間の流れと、それが作り上げてしまった高い壁を感じずにはいられない2人。
「・・・・・・やっぱり、お前は宮の外の世の中が似合っている。」
数か月前とこんなにも変わってしまった2人の関係に我慢できず、先に不満を漏らすのはシンだった。
このシンの言葉は、今のチェギョンには大きな衝撃となって襲い掛かった。
が、どうにか平静を装い口を開く。
「・・・・・そう?
私も自分が皇太子妃だったとは思えない。
こうして自由に見て、感じて、息をしていると“本当に生きているんだ”って感じるから。」
だけど、シン君━。
本当は、シン君がいないと私は━。
「・・・・・・いつまでこんな生活を続けるんだ?」
あの時、『翼を折っても構わない』と言ってくれたのは、本心じゃなかったのか━?
僕の傍に居てくれると言ったのに━。
自分のことでもういっぱいいっぱいだったシンは不満が止まらない。
“いつまで”?
それは私が決める事じゃない━。
ここでは体面を保つため“留学”ということになっているが、本来は“謹慎”なのだ。
そしてそのきっかけを作ったのは、誰でもない“自分”。
皆に許されるその日を、自分はただ懸命に生き、勉強しながら待っているだけ━。
チェギョンは自分が抱える不安な胸の内をすべてシンにぶちまけたい衝動をグッと押し込め、シンを傷つけないよう、気持ちを悟られないように、わざと明るく言うのだ。
「ただ・・・、今は余計なことを考えないようにしてるの。
できれば誰にも邪魔されずに、したいことをしておきたい。
今でなければ、永遠にチャンスはなさそうだから。」
期待していたモノと違う言葉を発するチェギョンに失望するシン。
周囲が暗いこともあり、その大きな瞳から、今にも涙が零れ堕ちそうなほど溢れてきていることにも気づかない。
やっぱり━。
おまはもう“宮”の束縛から逃れたい、僕よりも夢を選びたい、そう思っているのか?
らしくなく拗ね、僅かに口が尖るシン。
「それじゃ...俺と一緒にいたいとかいうのはないんだな。」
シンは自分のことを二の次にするチェギョンに完全に臍を曲げたようだ。
「何?」
「僕より、夢の方が大事だもんな。」
このシン発言に唖然となるチェギョン。
溢れそうだった涙も引っ込んでしまった。
“一緒にいたくない”、ですって━?
そんなこと、絶対にあるわけないのに━!!!
例え離れていたって、いつだって忘れられず、今でもあの時と変わらず、こんなにシンを愛しているのに。
宮を離れる前、たくさんそう伝えた筈なのに━!!
シン君、私の気持ち、立場、全然解ってくれてなかったんだね。
『人というものは自分が世界の中心にいる時は、自分しか見えない。
だが、一歩下がるだけで、自分以外の他人も見えてくるものだ。』
少し前、太上皇母陛下であるパクが口にしたあの言葉は、一体何を意味していたのか?
シン君の一体どこが前と変わったって言うのよ!
ちっとも私の立場になって考えてくれてないじゃない!!
なんだかそう思うと、どこまでも鈍感なシンに腹が立ってくるチェギョン。
いつだって自分勝手な憎たらしいシンの頭を、思わず小突き、つい隠していた本音が洩れてしまった。
「まっ~たく!
バカね!
そういう意味じゃない!」
小突かれたシン。
“バカ”と怒られる意味が分からず、目をパチクリとさせる。
「あんたは何一つ変わってないわね。
行こう。
遅くなったらチェ尚宮お姉さんに怒られちゃう。
ふん!」
チェギョンは怒った風にべえ~っと舌を出し、さっさとシンを置いて一人で行ってしまう。
シンはというと、怒られた理由も分からず、そういうつもりじゃなかったのに、という表情でしばらくチェギョンの後ろ姿を見送るのだった。
その後、気まずい空気のままチェギョンをアパートまで送って行ったシン。
「じゃ・・・・・。また明日。」
「・・・・・・うん。おやすみ。シン君。」
2人は離れがたい気持ちをそれぞれ隠しながら、その日はそのまま別れたのだった。
その夜。
チェギョンは自室でシンの写真をみつめている。
今日、シン君が会いに来てくれた━。
これは、夢じゃない。
マカオに来てから、何度も何度もシンの夢を見た。
夢の中のシンはとても情熱的で、自分を心の底から愛してるといつも囁いてくれた。
幸せな気持ちで満たされ、朝を迎え、目を開けると、いつもマカオのこの部屋のベッドの上だった。
すべて夢の中のことだったのだと知り、今、自分が謹慎中であり、韓国には居られない身であることを思い知らされた。
そんな夢が繰り返される度、シンに愛されていたという事実も、まるで本当に夢の中の出来事で、すべてのことが幻のように感じ、何度も深い悲しみの淵に落とされ、ついには眠れなくなった。
だから・・・。
チェギョンは今日シンといる間中、夢の中のシンと同じで、そのうち目の前から消えてしまうのではないかと、どこか一線を引いてしまう自分を感じていた。
触れられると、抱き締められると、再び訪れるであろう一人っきりの時間を想像し、どうしようもなく悲しくて怖かった。
シンは韓国に帰ってしまうのだ。
自分をここに置いて・・・・・。
いつかシン君の傍に戻った時、シン君の妃として自信を持っていたい━。
そのために私はここで頑張っている。
チェ尚宮オンニも必死になって教えてくれている。
それでも━。
なかなか思うようには進まない訓育。
やってもやっても終わりはなく、永遠に続くかのようだ。
あまりの自分の呑み込みの悪さに、どうしようもないくらい落ち込むことがザラにある。
私は、今どの位までやれた?
あとどれだけ頑張れば、シン君みたいに完璧になれる?
頑張ったらシン君のお妃様として、最後にはみんな認めてくれる?
━こんな私を、許してくれる?
先が見えない不安━。
このまま、シン君とは2度と会うこともなく、ここで一生を過ごすことになるかもしれない━。
怖い━。
頑張っても、頑張っても一人ぼっち。
この努力が報われる日が来るのだろうか?
“廃妃”と“離婚”。
よりシン君に相応しい女性(ヒト)がこの先、現れたら━。
別荘でシンに強く抱きしめられた時、チェギョンの脳裏には一瞬だが、何者かによって届けられた、あの写真がフラッシュバックした。
シン君は、こんな風にあの人(チョン・ユジン)も抱きしめたの?
あの人とはどんな関係なの?
聞きたくても、本当のことを知るのが怖くて聞けなかったチェギョン。
あの写真のあの人みたいに、生まれながらに教養も家柄も容姿もすべて完璧に兼ね備えた人には、私は到底敵わない。
それは、自分が一番よく解っている。
だけど・・・・。
そこまで気持ちが至ると。
必ずもう一人の冷静な自分が現れて、叱咤されるのだ。
弱音を吐いちゃダメ!
愚痴を零すなんて!
あなたはまだまだ半人前。
到底、シン君のお妃としては認められない。
マカオに来てまだそんなに時間も経ってない。
謹慎が解かれるはずもないのよ。
自身の未熟さは、自分が一番分かっているでしょ?
シン君にこんな不安や泣き言を言ったってどうしようもない。
シン・チェギョン。
頑張るしかないの!甘えないで!
あんたの本音はシン君を、ううん、シン君だけじゃない、チェ尚宮オンニだって困らせて、苦しめるだけなの!
私がしっかりしないと、オンニすらも韓国に戻れないのよ!
オンニだけは、どうなろうとも絶対に宮殿に戻すって、あんたは決めたんでしょ?!
チェギョンは虚ろな目でポツリと漏らす。
「シン君、私、どこまで頑張れるかな━。」
この夜チェギョンの部屋の灯りは遅くまで消えることはなかった━。
akiです!
『3.Reunion #12 すれ違う心』本日更新しました~♪
どうぞよろしくお願いします!
セリフもあまりないところですし、シーン間の妄想はとても難しいところですが、ようやくここまで辿り着きました~。
この時、チェギョンの本心は果たしてどこにあったのか??
シン君はまともに取り合ってくれないどころか、夢や自由を優先するチェギョンについに拗ねてしまいます。
このシーン、ドラマではエンディングに向かって端折りまくってますから、そこまで視聴者には伝わらなかったですよね?
が、とても気になります。
akiはきっと、こんな風にシン君がチェギョンのことよりも、相変わらず自己中心的な感じだったので、怒ったんだろう、と解釈しました。
シン君はいつだって言葉にして伝えないので、本心が解りにくく、それが原因でいつだってチェギョンとすれ違ってきてましたから。
単純明快なチェギョンはいつだって、ストレートに言葉で言ってくれないと、分からないし、言ってほしいんですよね。
それなのに、シン君はその育った環境のせいで、愛情を素直に受け入れることもできないし、遠回しにしか表現もできない。
不器用で屈折もしていて、ややこしい感じですからチェギョンには超難解なんです(笑)
ここはやっぱり、まずシン君自身の正直な気持ちを、言葉にして全部伝えてほしかったんだと思うのです。
それがないのに、まず最初に、シン君に「おまえは宮の外の世界が合っている」なんて言われたら・・・。
チェギョンがシンの本当の気持ちがどこにあるのか、戸惑うのも当然ですよね。
そしていよいよ!
次はあの名場面ですよ~☆
楽しみにしていてください♪
余談ですが、私の中でのこのシーンのバックミュージックは「kiroroの長い間」だったりします(苦笑)
『長い間』 kiroro 作詞・作曲 玉城千春
長い間 待たせてごめん
また急に仕事が入った
いつも一緒にいられなくて
淋しい思いをさせたね
逢えないとき 受話器からきこえる
君の声が かすれてる
久しぶりに逢った時の
君の笑顔が胸をさらっていく
気づいたの あなたがこんなに
胸の中にいること
愛してる まさかねそんな事
言えない
あなたの その言葉だけを信じて
今日まで待っていた私
笑顔だけは忘れないように
あなたの側にいたいから
笑ってるあなたの側では
素直になれるの
愛してる でもまさかねそんな事
言えない
気づいたのあなたがこんなに
胸の中にいること
愛してる まさかねそんな事
言えない
笑ってるあなたの側では
素直になれるの
愛してる でもまさかねそんな事
言えない
気づいたのあなたがこんなに
胸の中にいること
愛してる まさかねそんな事
言えない
笑ってるあなたの側では
素直になれるの
愛してる でもまさかねそんな事
言えない
※ちょっと加えたい内容がありまして。
9時過ぎに数行加筆しました。
もうお読みになっていらっしゃった24名の方々、ご迷惑をおかけしてごめんなさい!
シンはどこかまだ他人行儀なチェギョンの手をお構いなしに引っ張り、無言のままズンズンと歩いて行く。
その横顔は何かを思い詰めたかのようで硬く、チェギョンは困惑を隠せないまま、歩幅の広いシンに、必然的に引きずられ、置いて行かれないようについ駆け足になってしまうのだった。
「ねえ、シン君どこに行くの?」
「・・・・・・・・。」
答えないシン。
チェギョンはシンが何を考えているのか分からず、怖くなり、思わず声を荒げる。
「ねえ、ねえってば!
シン君!
手、痛いよ・・・・。」
「!!!」
チェギョンの必死の問いかけに、ハッと我に返えったシンがやっと足を止めた。
しかし、チェギョンと繋いだ手は力こそ緩めるがそのままであり、変わらずチェギョンの方を見ようとしなかった。
「・・・・・・シン君?」
チェギョンは先程からのいつもと違うシンの様子を訝しがり、表情を確認しようと下から覗き込む。
「きゃっ!」
次の瞬間━。
チェギョンの体はシンに引き寄せられ、あっという間にその腕の中に納まってしまった。
強く強くチェギョンを自身の胸に閉じ込めるシン。
おまえが僕の傍を離れることは認めない━。
“皇太子じゃなくなっても”傍に居てほしい━。
夢を捨て、僕の傍に━。
チェギョンが今、自分の腕の中に、相違なくそこにあること証明するかのように、五感全てで感じ取ろうとするシン。
喉まで出かかった言葉は吐露することなく、その香りを目一杯吸い込もうと、艶やかな黒髪に顔を埋める。
この突然の抱擁でチェギョンは硬直したまま、驚き目を見開く。
息ができないほどの力でギュッと抱きしめられ、身動きひとつできない。
チェギョンは突然のシンの行動に驚きこそしたものの、徐々に強張っていた体の力を抜いて行く。
やけにドキドキする鼓動を感じながら、チェギョンは努めて冷静にシンに問いかけるのだった。
「シン君?どうしたの?」
「・・・・・・・。」
このチェギョンの問いかけにも、返事をしないシン。
その代り、再びチェギョンの躰をギュッと抱きしめ直した。
━シン君。
シン君、ずっと一人で頑張ったよね。
そして、寂しかった、よね。
本当は寂しがり屋で、繊細な心の持ち主のシン君だもん。
かなり前から“皇太子を辞める”と決めていたこと、そして“辞める”と告げる時。
誰にも相談できなかっただろうし、一人で悩んで苦しんで、辛かったんだろうな━。
ごめんね。
傍にいて、支えてあげられなくて━。
慰めてあげれなくて。
ごめんね、シン君━。
チェギョンは自分がいなくなった後、シンが受けたであろう、たくさんの傷を想像し、少しでも癒してあげたくて、シンの背中に腕を回し、まるで母親が小さな子供をあやす様にトントンと優しくたたく。
━チェギョン。
“冬休みが来たと思って”━。
おまえは僕にそう言ったよな?
ずっと傍にいる、離れないと、約束しただろ━?
どうしたら、おまえは自由を諦め、僕との未来を考えてくれるのだろう━。
どこにも行くな━。
かつて東宮殿でも、そうやって何度となくチェギョンに背中をやさしくトントンしてもらい、癒されたことを思い出すのだった。
━ねえ、シン君。
今だけ、今だけはシン君を独り占めしてもいい?
まだ私を好きでいてくれて、離したくないって。
そう思ってくれているって、私の中だけで、そう自惚れても、いい━?
チェギョンの中で、マカオに来てからずっと心の中に居座り続ける不安は根深く、こうしてシンと一緒に過ごしても決してなくなることはなかった。
なぜならば、例え当事者である自分やシンが望まなくても、“廃妃”が決まれば、その決定に従わなければならない自分たちの立場なのだから。
私にはあとどれ位、こうしてシン君と過ごせる時間が許されるのだろう━。
シンと過ごせる時間は限られている。
シンを笑顔にしたい━。
笑顔で満たして、韓国に戻ってほしい。
“シン・チェギョンプロデュース・シン君スマイル帰国作戦“を決行の決意を新たにしたチェギョンはしんみりとなってしまった空気をガラリと変えるべく、わざと明るい声を張り上げた。
「シン君?
折角マカオに来たんだし、観光しない?」
「・・・・・・・・・・。」
嫌だ、今は離れたくない、と言わんばかりにさらにチェギョンを抱き締める腕に力を込めるシン。
さらにこれ以上腕に力が込められてしまうと、さすがに息も出来なくなり辛くなってくるチェギョンは目を白黒させるのだった。
「シ、シン君・・・・、ぐるじいぃ~~~。
助けてぇ~~。」
シンの腕の中で、肩の辺りを拳でドンドン叩き、苦しさで抜け出そうともがくチェギョン。
そんなチェギョンの耳のすぐ傍で「クックックッ・・・」と低い笑い声が聞こえて来た。
「へっ?」
「ぷっ・・・・・・。」
次の瞬間シンは楽しそうに笑い出し、チェギョンを締め付けていた腕の力を弱め解放した。
一瞬ぽか~んとしてしまうチェギョンだったが、ここでようやくシンにまたからかわれたと分かったチェギョン。
「ま、またからかったのねぇっ////!
パボシンっ!」
「ははは~!
だから面白いんだ!おまえは!」
「な、何ですって~ぇ!!」
拳を突き上げ、一発殴ってやろうとシンを追いかけるチェギョン。
「こら~っ!待ちなさいよ!」
「ヤダね!」
笑いながらジグザグに逃げ回るシン。
2人はしばらくここで仲良く(?)鬼ごっこを楽しんだのだった。
チェギョンはシンと2人、シンの運転する車に乗って西灣大橋を渡り、マカオ半島から再びコロアネ島方面へと向かう。
すでに辺りは夕闇が包み込む。
車から降りて、照明が美しく灯ったヨーロッパ風の道を歩く2人。
歴史ある街並みを散策し、最後に辿り着いた海岸。
マカオの海を見渡せるあの“恋人たちの防波堤”で、潮風に吹かれ、煌めく夜景を眺めるシンとチェギョン。
すぐ自分の傍に存在し、伸ばせば、この手に触れることができる愛しい存在。
電話からではなく、直接耳に響く心地よい愛する人の声。
夢にまで見たそれが今、目の前にある。
想いのまま、その存在を確かめ、愛を交わしたい━。
それなのに━。
時折見せる、何かを考え込むような表情。
自分を避けるような、どこかぎこちない態度。
これらをお互い目にするにつれ、それぞれの心の中のブレーキが強まる。
この僅か数か月という時間の流れと、それが作り上げてしまった高い壁を感じずにはいられない2人。
「・・・・・・やっぱり、お前は宮の外の世の中が似合っている。」
数か月前とこんなにも変わってしまった2人の関係に我慢できず、先に不満を漏らすのはシンだった。
このシンの言葉は、今のチェギョンには大きな衝撃となって襲い掛かった。
が、どうにか平静を装い口を開く。
「・・・・・そう?
私も自分が皇太子妃だったとは思えない。
こうして自由に見て、感じて、息をしていると“本当に生きているんだ”って感じるから。」
だけど、シン君━。
本当は、シン君がいないと私は━。
「・・・・・・いつまでこんな生活を続けるんだ?」
あの時、『翼を折っても構わない』と言ってくれたのは、本心じゃなかったのか━?
僕の傍に居てくれると言ったのに━。
自分のことでもういっぱいいっぱいだったシンは不満が止まらない。
“いつまで”?
それは私が決める事じゃない━。
ここでは体面を保つため“留学”ということになっているが、本来は“謹慎”なのだ。
そしてそのきっかけを作ったのは、誰でもない“自分”。
皆に許されるその日を、自分はただ懸命に生き、勉強しながら待っているだけ━。
チェギョンは自分が抱える不安な胸の内をすべてシンにぶちまけたい衝動をグッと押し込め、シンを傷つけないよう、気持ちを悟られないように、わざと明るく言うのだ。
「ただ・・・、今は余計なことを考えないようにしてるの。
できれば誰にも邪魔されずに、したいことをしておきたい。
今でなければ、永遠にチャンスはなさそうだから。」
期待していたモノと違う言葉を発するチェギョンに失望するシン。
周囲が暗いこともあり、その大きな瞳から、今にも涙が零れ堕ちそうなほど溢れてきていることにも気づかない。
やっぱり━。
おまはもう“宮”の束縛から逃れたい、僕よりも夢を選びたい、そう思っているのか?
らしくなく拗ね、僅かに口が尖るシン。
「それじゃ...俺と一緒にいたいとかいうのはないんだな。」
シンは自分のことを二の次にするチェギョンに完全に臍を曲げたようだ。
「何?」
「僕より、夢の方が大事だもんな。」
このシン発言に唖然となるチェギョン。
溢れそうだった涙も引っ込んでしまった。
“一緒にいたくない”、ですって━?
そんなこと、絶対にあるわけないのに━!!!
例え離れていたって、いつだって忘れられず、今でもあの時と変わらず、こんなにシンを愛しているのに。
宮を離れる前、たくさんそう伝えた筈なのに━!!
シン君、私の気持ち、立場、全然解ってくれてなかったんだね。
『人というものは自分が世界の中心にいる時は、自分しか見えない。
だが、一歩下がるだけで、自分以外の他人も見えてくるものだ。』
少し前、太上皇母陛下であるパクが口にしたあの言葉は、一体何を意味していたのか?
シン君の一体どこが前と変わったって言うのよ!
ちっとも私の立場になって考えてくれてないじゃない!!
なんだかそう思うと、どこまでも鈍感なシンに腹が立ってくるチェギョン。
いつだって自分勝手な憎たらしいシンの頭を、思わず小突き、つい隠していた本音が洩れてしまった。
「まっ~たく!
バカね!
そういう意味じゃない!」
小突かれたシン。
“バカ”と怒られる意味が分からず、目をパチクリとさせる。
「あんたは何一つ変わってないわね。
行こう。
遅くなったらチェ尚宮お姉さんに怒られちゃう。
ふん!」
チェギョンは怒った風にべえ~っと舌を出し、さっさとシンを置いて一人で行ってしまう。
シンはというと、怒られた理由も分からず、そういうつもりじゃなかったのに、という表情でしばらくチェギョンの後ろ姿を見送るのだった。
その後、気まずい空気のままチェギョンをアパートまで送って行ったシン。
「じゃ・・・・・。また明日。」
「・・・・・・うん。おやすみ。シン君。」
2人は離れがたい気持ちをそれぞれ隠しながら、その日はそのまま別れたのだった。
その夜。
チェギョンは自室でシンの写真をみつめている。
今日、シン君が会いに来てくれた━。
これは、夢じゃない。
マカオに来てから、何度も何度もシンの夢を見た。
夢の中のシンはとても情熱的で、自分を心の底から愛してるといつも囁いてくれた。
幸せな気持ちで満たされ、朝を迎え、目を開けると、いつもマカオのこの部屋のベッドの上だった。
すべて夢の中のことだったのだと知り、今、自分が謹慎中であり、韓国には居られない身であることを思い知らされた。
そんな夢が繰り返される度、シンに愛されていたという事実も、まるで本当に夢の中の出来事で、すべてのことが幻のように感じ、何度も深い悲しみの淵に落とされ、ついには眠れなくなった。
だから・・・。
チェギョンは今日シンといる間中、夢の中のシンと同じで、そのうち目の前から消えてしまうのではないかと、どこか一線を引いてしまう自分を感じていた。
触れられると、抱き締められると、再び訪れるであろう一人っきりの時間を想像し、どうしようもなく悲しくて怖かった。
シンは韓国に帰ってしまうのだ。
自分をここに置いて・・・・・。
いつかシン君の傍に戻った時、シン君の妃として自信を持っていたい━。
そのために私はここで頑張っている。
チェ尚宮オンニも必死になって教えてくれている。
それでも━。
なかなか思うようには進まない訓育。
やってもやっても終わりはなく、永遠に続くかのようだ。
あまりの自分の呑み込みの悪さに、どうしようもないくらい落ち込むことがザラにある。
私は、今どの位までやれた?
あとどれだけ頑張れば、シン君みたいに完璧になれる?
頑張ったらシン君のお妃様として、最後にはみんな認めてくれる?
━こんな私を、許してくれる?
先が見えない不安━。
このまま、シン君とは2度と会うこともなく、ここで一生を過ごすことになるかもしれない━。
怖い━。
頑張っても、頑張っても一人ぼっち。
この努力が報われる日が来るのだろうか?
“廃妃”と“離婚”。
よりシン君に相応しい女性(ヒト)がこの先、現れたら━。
別荘でシンに強く抱きしめられた時、チェギョンの脳裏には一瞬だが、何者かによって届けられた、あの写真がフラッシュバックした。
シン君は、こんな風にあの人(チョン・ユジン)も抱きしめたの?
あの人とはどんな関係なの?
聞きたくても、本当のことを知るのが怖くて聞けなかったチェギョン。
あの写真のあの人みたいに、生まれながらに教養も家柄も容姿もすべて完璧に兼ね備えた人には、私は到底敵わない。
それは、自分が一番よく解っている。
だけど・・・・。
そこまで気持ちが至ると。
必ずもう一人の冷静な自分が現れて、叱咤されるのだ。
弱音を吐いちゃダメ!
愚痴を零すなんて!
あなたはまだまだ半人前。
到底、シン君のお妃としては認められない。
マカオに来てまだそんなに時間も経ってない。
謹慎が解かれるはずもないのよ。
自身の未熟さは、自分が一番分かっているでしょ?
シン君にこんな不安や泣き言を言ったってどうしようもない。
シン・チェギョン。
頑張るしかないの!甘えないで!
あんたの本音はシン君を、ううん、シン君だけじゃない、チェ尚宮オンニだって困らせて、苦しめるだけなの!
私がしっかりしないと、オンニすらも韓国に戻れないのよ!
オンニだけは、どうなろうとも絶対に宮殿に戻すって、あんたは決めたんでしょ?!
チェギョンは虚ろな目でポツリと漏らす。
「シン君、私、どこまで頑張れるかな━。」
この夜チェギョンの部屋の灯りは遅くまで消えることはなかった━。
akiです!
『3.Reunion #12 すれ違う心』本日更新しました~♪
どうぞよろしくお願いします!
セリフもあまりないところですし、シーン間の妄想はとても難しいところですが、ようやくここまで辿り着きました~。
この時、チェギョンの本心は果たしてどこにあったのか??
シン君はまともに取り合ってくれないどころか、夢や自由を優先するチェギョンについに拗ねてしまいます。
このシーン、ドラマではエンディングに向かって端折りまくってますから、そこまで視聴者には伝わらなかったですよね?
が、とても気になります。
akiはきっと、こんな風にシン君がチェギョンのことよりも、相変わらず自己中心的な感じだったので、怒ったんだろう、と解釈しました。
シン君はいつだって言葉にして伝えないので、本心が解りにくく、それが原因でいつだってチェギョンとすれ違ってきてましたから。
単純明快なチェギョンはいつだって、ストレートに言葉で言ってくれないと、分からないし、言ってほしいんですよね。
それなのに、シン君はその育った環境のせいで、愛情を素直に受け入れることもできないし、遠回しにしか表現もできない。
不器用で屈折もしていて、ややこしい感じですからチェギョンには超難解なんです(笑)
ここはやっぱり、まずシン君自身の正直な気持ちを、言葉にして全部伝えてほしかったんだと思うのです。
それがないのに、まず最初に、シン君に「おまえは宮の外の世界が合っている」なんて言われたら・・・。
チェギョンがシンの本当の気持ちがどこにあるのか、戸惑うのも当然ですよね。
そしていよいよ!
次はあの名場面ですよ~☆
楽しみにしていてください♪
余談ですが、私の中でのこのシーンのバックミュージックは「kiroroの長い間」だったりします(苦笑)
『長い間』 kiroro 作詞・作曲 玉城千春
長い間 待たせてごめん
また急に仕事が入った
いつも一緒にいられなくて
淋しい思いをさせたね
逢えないとき 受話器からきこえる
君の声が かすれてる
久しぶりに逢った時の
君の笑顔が胸をさらっていく
気づいたの あなたがこんなに
胸の中にいること
愛してる まさかねそんな事
言えない
あなたの その言葉だけを信じて
今日まで待っていた私
笑顔だけは忘れないように
あなたの側にいたいから
笑ってるあなたの側では
素直になれるの
愛してる でもまさかねそんな事
言えない
気づいたのあなたがこんなに
胸の中にいること
愛してる まさかねそんな事
言えない
笑ってるあなたの側では
素直になれるの
愛してる でもまさかねそんな事
言えない
気づいたのあなたがこんなに
胸の中にいること
愛してる まさかねそんな事
言えない
笑ってるあなたの側では
素直になれるの
愛してる でもまさかねそんな事
言えない
※ちょっと加えたい内容がありまして。
9時過ぎに数行加筆しました。
もうお読みになっていらっしゃった24名の方々、ご迷惑をおかけしてごめんなさい!






